大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(行)6号 判決 1958年7月19日

原告 卯月常吉

被告 王子税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

当事者双方の申立及び主張は別紙のとおりである。

(立証省略)

理由

原告は北区赤羽町二丁目四百四十六番地において下駄類の販売を業とする者であるが被告に対し、昭和二十七年二月二十九日、昭和二十六年度分の所得税の確定申告として、総所得金額を十三万四千五円と申告したところ、被告は昭和二十七年五月十五日総所得金額を十九万一千七百円と、更正し、同月十八日その旨を原告に通知したこと、右更正処分につき同年六月十六日原告が被告に再調査の請求をしたところ、被告は同年七月二十九日右請求を棄却する旨決定し同日これを原告に通知したこと及び右決定に対し原告は同年八月二十五日東京国税局長に対し審査の請求をしたところ、同局長は昭和二十八年十月二十七日右請求を棄却する旨決定し、同年同月二十八日その旨原告に通知したことは当事者間に争がない。

そこで被告の右更正処分が違法かどうかにつき判断する。

原告が昭和二十六年度における営業につき日計表式の帳簿を備えていたことは当事者間に争がないが、証人天野八郎の証言によれば右帳簿は必ずしも正確に記帳されていたとは認められないし、右認定に反する原告本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右帳簿が正確に記載されていたと認めるに足りる証拠もない。したがつて被告主張の資産増減法により右年度の原告の所得を推計することもやむをえないところである。

昭和二十六年度において原告の現金の増加が五百円、商品の増加が四千円であつたこと及び同年度に原告が所得税を一万一千四百八十円、都民税を五千二百円支払つていることは当事者間に争がない。そして成立につき争のない乙第一号証によると昭和二十六年中の東京都における一世帯の平均年間生計費支出総額は十九万三千六百五十七円であり、一世帯当りの平均人員は四、七四人であることが認められるから、同年度の一人当り平均年間生計費支出金額は四万八百五十五円であることは明らかである。ところで証人天野八郎の証言及び弁論の全趣旨によれば、右年度において原告らの家族は普通程度の生活をしていたものと推認するのが相当であるから、原告らの同年度における年間生計費支出総額は前記一人当り平均年間生計費支出金額に、当事者間に争のない原告の家族人員五を乗じた二十万四千二百七十五円と推認するのも相当であり、右認定に反する原告本人尋問の結果はたやすく信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると前記現金及び商品の増加額並びに生計費、所得税及び都民税の支出は他に反証のない本件では右年度の原告の所得によりまかなわれたと認定するのも相当であるから、右年度において少くとも原告の所得は前記金額の合計二十二万四千四百五十五円を下らないものと推認できる。

よつて右金額の範囲内で原告の右年度における所得金額を十九万一千七百円と更正した被告の処分は結局相当であつて違法ではないというべきである。

したがつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 石井玄 越山安久)

(別紙)

当事者双方の申立及び主張

第一、申立

一、原告

(一) 被告が昭和二十七年五月十五日付でした原告の昭和二十六年分所得税の総所得金額を金一九一、七〇〇円と更正した決定のうち金一三四、〇〇五円を超過する部分はこれを取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

原告の請求を棄却する。

第二、主張

一、請求原因

(一) 原告は被告に昭和二十七年二月二十九日昭和二十六年所得税の確定申告として同年分の総所得金額を金一三四、〇〇五円と申告したところ、被告は昭和二十七年五月十五日原告の総所得金額を金一九一、七〇〇円と更正し、同月十八日その旨を原告に通知した。そこで同年六月十六日原告は被告に再調査の請求をしたところ、被告は昭和二十七年七月二十九日原告の再調査の請求を棄却する旨決定し同日これを原告に通知した。右決定に対し原告は同年八月二十五日東京国税局長に対し審査の請求をしたが、同局長は昭和二十八年十月二十七日原告の審査の請求を棄却する旨決定し、その旨を同年同月二十八日原告に通知した。

(二) しかし昭和二十六年中の原告の総所得金額は申告した金一三四、〇〇五円を超えないのであるから、被告の更正決定中右金額を超過する部分は違法であるから取消を求めるため本訴に及ぶ。

二、請求原因事実に対する答弁及び被告の主張

(一) 請求原因(一)記載の事実は認めるが、同(二)記載の事実は争う。

(二) 原告は北区赤羽二丁目四百四十六番地において下駄類の販売を業とする者であるが、原告の申立によると昭和二十六年分の収支計算は次のとおりであつた。

売上高  五〇八、三四〇円

売上原価 三四〇、七〇三円

期首在庫  五八、〇〇〇円

仕入高  三四四、七〇三円

期末在庫  六二、〇〇〇円

売上利益 一六七、六三七円

必要経費  三〇、八三四円

差引所得 一三六、八〇三円

しかし右計算の基礎となつた帳簿は、いわゆる大福帳式のもので原告自身もその記載には自信がないといつており、その真実性を信用することができなかつた。

(三) そこでやむを得ず、原告の昭和二十六年中の資産負債の増加額から所得を推計することとした。原告の同年中の資産負債の増加額は次のとおりであつて、昭和二十六年中原告の資産は金二二四、四五五円増加していて、右増加額だけ所得があつたものと推認されるから、原告の同年分の所得金額を右金額の範囲内で金一九一、七〇〇円と認定した被告の更正決定は違法でない。

項目

一月一日現在(円)

一二月三一日現在(円)

増加額(円)

備考

現金

二、五〇〇

二、〇〇〇

五〇〇

原告申立

商品

五八、〇〇〇

六二、〇〇〇

四、〇〇〇

生計費

二〇四、二七五

注参照

所得税

一一、四八〇

被告調査

都民税

五、二〇〇

注一、生計費は総理府統計局作成の消費実態調査年報によつた同表によると昭和二十六年中の東京都における一人当り一ケ年の平均支出金額は四〇、八五五円であり、原告の家族数は五人であるから右平均支出金額を五倍して年間生計費を算出した。

三、被告主張事実に対する答弁及び原告の主張

(一) 被告主張の(二)事実中、原告の職業、原告の昭和二十六年中の収支計算が被告主張のとおりであること、原告の帳簿がいわゆる大福帳式(日計表式)のものであることはいずれも認めるが、その他の事実は否認する。原告の営業状況からすると会社で使うような複雑な帳簿システムは不適当で、むろし日計表式の方が適しており、原告は正確に記帳していたのであつて、右記帳額に基いて収支計算をしたのである。同(二)記載の事実中、昭和二十六年中の現金、商品の増減及び所得税、都民税の支払額が被告主張のとおりであること、原告の家族数が五人であることは認めるが生計費は争う。

原告の昭和二十六年中の生活程度は極めて低いものであつて、原告は飲酒もせず娯楽もたのしまず、衣類等も新調せず、その生計費は申告所得額で賄つてきたのであつて総理府統計局作成の消費実態調査年報による金額には到底及ばなかつたのである。右年報による数字自体算術平均的に算出されたものであつて信用性に乏しいものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例